「わ、私は……べ、別に2人きりになんかなりたくないわよ」まずい、声が震える。私の動揺がオルニアスに伝わってしまう。「へぇ? つれないな。さっきは俺のことを好きだと言っただろう?」オルニアスは何処か楽しそうに笑う。「あ、あれはち、違うわよっ! ちょっとしたこ、言葉の綾よ!」ゆっくりと後ずさりながら私は距離を取るも、オルにアスは迫ってくる。「ふ〜ん。それじゃ俺のことを好きだ言ったのは嘘だったというわけか?」「当然じゃないのよっ!」大体何処の世界に自分を殺そうとしている人物を好きになれるだろうか?「なるほど……。どうやら本心からの言葉のようだが……。そうか、俺はお前のこと悪くないと思っていたけどな。それは残念だ」ちっとも残念そうに見えないオルニアス。「だ、だったらもう私のこと殺そうなんて思わないでよ! そ、それに話聞いてたなら分かったでしょう!? 私は王子のこと好きでも何でも無いし、婚約破棄だってしたいんだからっ!」「な、何だって……?」突然背後で声が聞こえ、振り向くと顔が真っ青になっているベルナルド王子が立っていた。その隣にはセラフィムもいる。「まさか、もう怪我が回復していたのか? 油断していたよ」セラフィムの言葉にオルニアスが不敵に笑う。「ああ、お陰様でな。元を辿ればこの身体の元になっているのはお前自身だからな」「おいっ! ユリアッ! い、今の台詞は本当なのか? 俺のことは好きでも何でも無いっていう話は……そ、それで俺との婚約破棄を望んでいたのか?」ベルナルド王子はどうでも良い話を持ち出してくる。「わ、私知ってるのよ! オルニアスを召喚したのが誰か……それに何故私が命を狙われているのかもねっ!」私はセラフィムの背後に隠れながらオルニアスに訴えた。「へぇ……? 俺の本当の名前……もうバレていたのか? だが、お前にはジョンて呼んでもらいたいけどな?」「おい! ユリアッ! 今の話は本当なのか!? お前、あれほど俺に相手にしてもらいたくてつきまとっていたくせに……今は違うって言うのか!?」「ベルナルド王子! 少し黙っていて下さいっ! そんな話今はどうだっていいじゃないですかっ!」「ど、どうでもいい……」私の言葉に明らかにショックを受けるベルナルド王子。「オルニアス。いい加減ユリアの命を狙うのは諦めて魔界へ帰ったらどうだ?
「ジョ、ジョン……」ジョンの姿に、気づけば打ち上げられた魚のようにパクパク口を動かしていた。嘘でしょう? ど、どうしてジョンがここに……?いや、そうでは無い。私はいつどこでジョンに命を狙われていてもおかしくないのに、セラフィムがジョンに傷を負わせて一時的に追い払った話を聞いて、すっかり油断してしまっていたのだ。しかも肝心のセラフィムは側にいないし、頼りにならなくてもいないよりはマシなベルナルド王子だっていないのだ。逃げなくてはいけないのに、逃げられない。いや、そもそも逃げ切れるはずもない。私の動揺をよそに、ノリーンはジョンに話しかけた。「え? ジョンさん? おはようございます。随分お久しぶりですね」やっぱりノリーンにはジョンの記憶があるんだ。他の誰にもジョンの記憶は残っていないのに……。「ああ、おはよう。ノリーン」ジョンはヒラリと木の上から飛び降りた。ジョンはマント姿だった。「あら? ジョンさん。制服は着ていないのですか?」「ああ、学校は辞めたからな。だからもうここの学生じゃないんだ。ところで……」ジョン……いや、オルニアスは腰に手をあててチラリと私を見た。その視線に思わずビクリと肩が跳ねる。「ノリーン、悪いが席を外してくれないか? ユリアと2人きりで話がしたいんだ」笑みを浮かべてノリーンを見る。「ええ、そうですね! 何しろユリアさんに告白されたも同然ですから!」その言葉にギョッとする。ちょ、ちょっと! 余計なこと言わないでよ!「ああ、そうなんだ。俺のことを好きだと言ってくれているんだから……ちゃんと返事をしてあげないとな?」そして意味深に私を見た。「い、いえ! け、結構よっ! そ、そんなつもりであんなこと言ったわけじゃないから……」身体から血の気を引かせながら後ずさった。「告白するのにそんなつもりもこんなつもりも無いだろう? ユリア」すると再び余計なことを言うノリーン。「そうですよ、ユリアさん。それじゃ私は行きますね。お邪魔しました」ペコリと頭を下げて立ち去るノリーンに慌てて声をかけた。「ノ、ノリーン!!」「はい?」振り向くノリーン。「あ、あのね! さっきも話したけど私はベルナルド王子のこと、好きでもなんでもないから! こ、婚約破棄だってしてるから!(多分)」「はい、分かりました。それじゃ!」ノリー
私が教室に姿を見せると、中にいた学生たちが一瞬こちらを振り向き、驚きの表情を浮かべた。まぁ、それは当然かも知れない。何しろ恐らく私は10日以上学園を休んでいたことになっているのだから。 そしてノリーンもじっと私を見つめている。私は自分の席にカバンを置くと何食わぬ顔で彼女に近づいていく。するとノリーンは私に笑顔を向けてきた。「おはようございます、ユリア様。随分お休みされていたようですが……どうかされたのですか?」「ええ。ちょっと屋敷でトラブルがあって出るに出られなかったのよ」私は言葉通りに自分の身に起こった出来事を伝えた。……現に屋敷の中に閉じ込められて気づけば10日感経過していたのだから。「まぁ……そうなんですか? 色々大変だったようですね?」「ええ、そう。大変だったわ。今も色々問題を抱えてはいるけれど……多分もうすぐ解決するはずだから」「そうなのですか? それは何よりです」そして見つめ合う私とノリーン。「「……」」私とノリーンの会話はまるで互いの腹のさぐりあいの様だ。それともノリーンは私がまだ何も気付いていないと思っているのだろうか。こうなったら……。「ねぇ、実はノリーンにちょっと話があるのよ。ここでは話しにくいから、教室の外に出ない」「外ですか? はい、いいですよ」「本当? なら早速行きましょう」「はい」そして私はノリーンと一緒に教室を出た―― 2人で中庭へやってくると、大きな木の下に置かれたベンチに隣同士に座った。私達の目の前には色とりどりの花が咲いた美しい花壇が目の前に広がっている。さて……何と言って切り出そう。「あの……ね、ノリーン」「はい」「好きな人はいるの?」「え!?」」いきなりの質問に目を丸くするノリーン。まぁ確かにいきなりこんな質問をされたら誰だって驚くだろう。「何故突然そんな話をしてくるのですか?」「じ、実はね! 私……そ、その……好きな人がいるからノリーンはいるのかなって思って聞いてみたのよ」「……」ノリーンは訝しげな目で私を見ている。う〜ん…やはり話の持って行き方を間違えてしまったか…。「はい、います」しかし彼女は素直に答えてくれた。「ほ、本当? いるのね!?」「はい……います。私なんか、到底相手にして貰えないのは分かっているんですけどね……」「そ、そうなのね……」間違い
「ああ、それはね、ユリアは今何者かに命を狙われているからその護衛騎士として雇われて、一緒に暮らしているんだよ?」「何だって? 命を狙われているだって!? ……言われてみればそんな気がするが……」ベルナルド王子は腕組みをしながらしきりに首を傾げている。するとセラフィムが小声で耳打ちしてきた。「どうやら王子の記憶を操作し過ぎてしまったかもしれない。かなり混乱しているようだよ」「仕方ないわ。なるようになるわよ」「おい! そこの2人! 距離が近い!」ベルナルド王子が私とセラフィムを交互に指差す。「ところでベルナルド王子。何故私を迎えにいらしたのですか?」何故王子は今日もここに来たのだろう?「それはお前と一緒に登校する為だろう?」「何故ですか?」「うぐ! そ、それは……そう! お前が何者かに命を狙われているからだ!」「それならもう大丈夫です。ほら、この通り私には心強い護衛騎士がついておりますから」隣に座るセラフィムを見る。そして黙って頷くセラフィム。「い、いや! だが……この馬車は安全だぞ? 少々の魔法攻撃くらいではびくともしないからな」「僕なら馬車全体に防御壁を張れるから特殊馬車じゃなくても大丈夫だよ」セラフィムの言葉にベルナルド王子の眉がぴくりと上がる。「ふははっはは……そ、そうか。なかなかお前は腕に覚えがあるのだな?」「当然だよ。ユリアの護衛騎士をしているんだからね」「ほ〜う。そうか……すごい自信だな」「まあね。実際僕は腕に自信はあるからね」……何故だろう? 先程からこの馬車の中に殺伐とした雰囲気が流れている。それにセラフィムとベルナルド王子が火花を散らしているようにも感じる。けれど、私がベルナルド王子に関わるのは非常によろしくない。何しろ私の命を狙っているのはノリーンで間違いないはずだから。「ベルナルド王子。私を心配して下さるお気持ちは嬉しいのですが、もうお迎えに来ていただかなくて結構ですからね。いえ、と言うかはっきり申し上げれば逆に迷惑なので私にもう関わらないでいただけないしょうか? お願いします」「な、何だって!? お、お前……本気でそんなこと言ってるのか? 何故俺が迷惑なんだよ!」「それは王子のせいで恨みを買いたくないからです」「一体どういうことなのだ!?」「それはですね……」そこまで言いかけたとき、御者が
翌朝―― 朝食後、学校へ行く準備をしているとノックの音が聞こえた。「はーい、どうぞ入って」するとカチャリと扉が開き、メイドが現れた。「ユリア様。あの、ベルナルド王子がお迎えにいらしておりますが……いかがいたしましょうか?」「え? ベルナルド王子が!?」そうだった。昨日はうやむやの内に屋敷の中ではぐれてしまい、その後の彼らの行方は不明になっていたのだっけ。本当は馬車の中でセラフィムと今日の打ち合わせ? 的な話し合いたかったけれども仕方ない。王子のお迎えを拒絶するわけにはいかないし。「分かったわ。すぐに行きますと伝えておいて」「はい、かしこまりました」メイドは頭を下げると部屋を出て行った。「……急がなくちゃ」隣の部屋に移動すると、扉をノックする。セラフィムを呼ぶ為に――****「……おい、その男、何処かで見た気がするんだが……?」セラフィムを連れて行くと、馬車で待っていたベルナルド王子が最初に発した言葉がこれだった。「あ、そうだった。そう言えば記憶の操作をするのを忘れていたよ」セラフィムは指をパチンと鳴らした。すると……。「お前……やはりユリアと一緒に住んでいたのだな!? おまけにこの間は炎の玉を俺に投げつけてくるとは、とんでもない男だ!」ベルナルド王子がいきなりセラフィムに向かって怒鳴りつけてきた。「え? 炎の玉……? 一体何のことだい?」一方のセラフィムは全く見に覚えの無いことをベルナルド王子に責められて首を傾げる。そうだった! すっかり忘れていたけれど、ジョンはベルナルド王子に炎の玉をぶつけたことがあったのだ。「貴様……とぼける気か……?」どうしよう、何と説明すればいいのだろう? 思わず返答に困っていると……。パチン!セラフィムが指を鳴らした。その途端……。「よし、では早く馬車に乗れ。遅刻するぞ」ベルナルド王子が私達に声をかけてきた。「あ、はい。分かりました」馬車に乗り込もうとした時、セラフィムが右手を差し出した。「どうぞ、ユリア」「ありがとう」セラフィムにエスコートされて馬車に乗り込むと、何故かベルナルド王子が私を睨みつけている。あの……怖いんですけど……。「な、何か?」「……別に!」「どうしたの? 乗らないのかい?」セラフィムに促されたベルナルド王子は不機嫌そうに馬車に乗り込むとセラ
「そ、そう? ありがとう。でも貴方なら安心して護衛を任せそうね? だって本物なんだから」イケメンのセラフィムにじっと見つめられて思わずドキドキしながら返事をする。不思議なものだ。ジョンとセラフィムはまるきり顔が一緒なのに、雰囲気が全く違う。ジョンにはこんな気持ちを感じることは無かったのに、セラフィムが相手だと、深くにもときめきを感じるなんて。そのとき、突然肝心なことを思い出した。「ねぇ、そう言えば貴方も元・天使だったのよね? 何故人間としてここにいるの?」「ああ、簡単なことだよ。天使でいることが飽きたからだよ」「え?」その言葉に耳を疑う。「今……何て言ったの?」「だから、飽きたからだってば」「……ねぇ、天使って……飽きればすぐにやめられるものなの?」「そうだよ。もう大勢僕の仲間たちが地上に降りてきている。尤も連絡を取り合うようなことはしていないけどね」「ふ、ふ〜ん……そうなんだ……で、でもどうやって人間になって降りてきたの?」「うん、それはね。まず背中の羽を切り落として……それでこれから生まれる人間の魂の中に潜り込むのさ」「……それってやっていいことなの……?」犯罪なのではないだろうか?「別に構わないんじゃないかな? ユリアだって前世の魂を持ちながらこの世に生まれてきたんだから、かなり特殊な存在だよね。普通はあまりそんな人はいないのに……。あ、だからユリアには魔法が使えないのかもしれないね」「そ、そうなの……。でも、これで今日から私はセラフィムという心強い護衛がそばにいるから安心して生活出来るわね」「安心するのはまだ早いよ。本体を取り戻したオルニアスは強い。何とか傷を追わせることが出来たから一時的に撤退しているけど、傷が治れば再びユリアを狙って来るかもしれない。一番良いのは召喚者がユリアの命を狙うことを諦めてくれれば……」「何だ! それなら簡単なことよ! 私にはもう召喚者が誰か分かっているから、明日その人物と会って話をすればいいのよ!」「え? ユリアには分かっているのかい?」「ええ。だから明日からセラフィムもジョンとして学校に通うのよ? いいわね?」「え……?」セラフィムが露骨に嫌そうな顔をしたのは言うまでも無かった――****その日の夜――「お父様が不在中で良かったわ……」ダイニングルームでセラフィムと一緒に